日記〜錬金術師の午後の憂鬱〜


「あっ、アイゼル〜!」
 エリーはアイゼルの姿をみつけると、大声で呼びかけながら手を振った。アイゼルはエリーの側まで来ると、エリーの腕をつかんで引きずるように、強引にその場を立ち去る。
「やめてって言ってるでしょ!あんなに人の大勢いる所で大声出すのは!」
 何度となく注意してきたことだが、エリーのこの癖は一向に直らない。最も、エリー本人に直す気がはじめからないのだが。
 アイゼルのエリーに対するぶっきらぼうな態度は始めてあったときと大差はない。しかし、今ではお互い何でも話し合える一番の親友だった。 
 今日も二人で近くの森まで採集にでかけ、余った時間をお気に入りの店でお茶を飲みながら話をしようという所だった。 
 採集物を店の中まで持ち込んでしまっては、せっかくのお茶もゆっくり楽しめない。一度別れてお互い荷物を置いて、待ち合わせていたのだ。
 二人で話しながら歩くと、その店にはすぐに着いた。エリーが手を伸ばしドアを開けようとしたとき、不意にそのドアが自分の方に向かって開かれた。取手をつかもうとしていたエリーは、ドアで指を打ちつけてしまった。
「いたたたたっ!」
 痛む指に息を吹きかける。
「ホント、あなたはそそっかしいんだから」
 口ではこう言っているが、アイゼルも心配そうな顔をしている。
「ごめんなさい、大丈夫かしら?」
 澄んだ声が、エリーに優しく問いかけた。
 エリーはその声の主を見上げながら言った。
「大丈夫です。別になんとも!ちょっとビックリ・・・した・だけです・・・・・」
 声の主を正視して、思わず声が途切れてしまう。
 手入れの行き届いた綺麗な金色の髪。少し緑のかかった澄んだ青色の瞳。あどけなさの残る顔つきをしているが、二人よりは少し年上だろうか。綺麗な声をしているが、その声にまったく見劣りしないような美女。
 女の自分から見てもため息が漏れそうだった。
「そう、本当にごめんなさいね。悪いけれど、少し急いでいたの。それじゃあ、私はこれで」
 そう言うと、彼女は立ち去っていった。女神のような微笑を残して。
「すごく綺麗な人だったね」
「そうね」
二人は店の中に入り、いつもの席でいつもの品物を注文していた。二人とのあの女神のような微笑を思い出すと、彼女のこと以外、頭に浮かばなかった。
 店の主人はいつもの賑やかな二人があまりに静かなものだから、不気味でしかたがなく声をかける気にもならず、無言で注文の品をテーブルに並べた。
「これなにかしら?」
 紅茶に口をつけながら、アイゼルは目ざとく出窓の傍らに置いてあった本を見つけた。良質な紙を使い、凝った表紙のいかにも高価そうな本。いつもならこんなものは置いていないはずだ。
 なんとなく表紙をめくる。そこには日記らしい文章が、整った文字で丁寧に綴られていた。
根拠はないが、女性の字のようだ。
 アイゼルの中でこの綺麗な日記と、先ほど入り口ですれ違った女性とが重なった。
「これってもしかして、さっきの人の日記じゃないの?」
「ええっ!」
 アイゼルと向かい合わせに座っていたエリーは、思わず身を乗り出す。
「・・・読んでみようか?」
 アイゼルはイタズラっぽい笑みを浮かべた。
「そんな、人の日記を勝手に読んじゃ、持ち主に悪いよ!」
 エリーは慌てて否定する。
「そう、いいわ。私一人で見るから」
 アイゼルはそう言うと、もう一度、日記を開いた。
 エリーは無言でアイゼルの隣に席を移す。
「見ないんじゃなかったの?」
「ちょっとくらいなら、いいかな〜って」
 二人はひとしきり笑い合うと、日記に視線を落とした。



今日は王宮で働くための、試験を受けに行った。毎年行われている行事だけれど、やっぱり今年も人数が多かった。この人数の中、私が選ばれるはずがない。自信をなくしかけていたとき、あのお方の姿が目に入った。神様が私に挫けるなと応援してくださっているのでしょうか?そう、今は自分のやれることだけをするしかない。それがあのお方に近づく第一歩なのだから・・・ 。



「やっぱり、これさっきの人の日記よ」
「どうして?」
「この日付、王宮勤めの女官の一般公募の日だもの!」
 アイゼルは自信を持って言い放った。
 確かに女官の採用試験は騎士団の入団試験とともに、この日記の日付に行われる。
「じゃあ、この『あのお方』って?」
「そんなこと、分かるはずないじゃない。きっと、お城に勤めてる騎士とか、王子様のことじゃないの?」



夢のような手紙が届いた。王宮からの手紙。あまりの嬉しさに、合格の印が涙で滲んでしまった。これで、私は堂々と王宮に上がることができる。一日をあのお方と同じ場所で過ごせるのかと思うと、今から胸がときめいてしまう。やはり、あの日私が挫けそうなときにあのお方がお姿をお見せ下さったのは、神のお導きなのでしょうか?それとも、あのお方も私がお側に勤めることを望んで下さっているのでしょうか?
・・・そんなはずはないですよね。私のような、どこにでもいるような人間とは違い、あのお方はザールブルグにその人有りと言われるお方なのですから・・・・。




「よっぽど好きなのね、『あのお方』が」
「いいな〜、こんなに好きになれる人がいて。私にも誰かいい人いないかな?」
 エリーはウットリとした表情で言った。
「そう?辛いことも多いわよ」
アイゼルの不意の発言を、エリーは聞き取ることができなかった。
「えっ?アイゼル、今なんて?」
「さあ、続き読むわよ」
 ごまかされたことに一瞬、釈然としない気持ちになったが、今は日記の続きがきになり、先を読み進めていく。



これまでは年に一度の武闘大会と、四月と十月の騎士団遠征の日に、遠くからその凛々しいお姿を拝見するだけだったことを思うと、明日からはあのお方と同じ職場に勤めることができることは、なんて幸せなことでしょう。そう思うと今夜は眠れそうにない。


今日、初めて王宮に上がり、私は王様のお側に仕えることになった。ここなら、あのお方のお姿を拝見できる機会も多い。もし、私の職場があのお方のいるところから遠く離れた場所になってしまったら、そんなことばかり考えていたのが嘘のよう。


こんなに近くで、こんなに長い時間、そしてあのお方と同じ空間にいられるなんて、まるで夢のよう。いえ、夢でもいい。この素敵な夢が、覚めさえしなければ・・・・。


人間とは欲深い生き物だと感じるようになった。いえ、欲深いのは私だけなのでしょうか。はじめはあのお方と同じ部屋にいるだけで、胸が一杯になって、夜も眠れないくらいに満たされた気持ちになっていたのに、今ではこの部屋の中にいるのが私とあのお方の二人だけなら、二人きりなら、あのお方が私を見つめて下さらないでしょうか・・・知らず知らずのうちにそんな贅沢な思いに浸ってしまう。そんなことを考えていると、仕事に気が入らない。


今、私は悩んでいる。あのお方に自分の想いを伝えるべきかどうか・・・。
もし、私が想いを打ち明けたら、あのお方はどう思われるでしょうか。受け止めてくださるでしょうか?そんなはずはないですよね。あのお方は高貴なるザールブルグ騎士団の長なのですから。王宮に勤める人間は大勢いる。その中の一人でしかない私など、あのお方は知っているはずもないのですから。
それに想いを伝えるべきだとしても、私にはできそうにもない。思いを伝えるということは私のような小心者にはそれほど難しいこと。
『エンデルク様、お慕いしております』
文章にするのはこんなにも簡単なのに・・・・・。




「!?エンデルク様だって!」
二人は驚いたように顔を見合わせる。
「ホントだ〜、そうよね、エンデルク様ってカッコいいし、確か結婚もしてないよね」
 二人の頭の中ではエンデルクとあの女性が並んで歩く光景を想像する。想像の中で美化されたエンデルクとあの女性は、後光まで射して見えた。
「ピッタリなのに。強くて寡黙で凛々しい騎士団長と、おしとやかで控えめで優しい絶世の美女!すごく絵になるわ」
「そうよね〜、告白しちゃえばいいのに」



今日は悲しいことに気が付いた。
騎士団の遠征。前まで一般の人間だった私にとって、騎士団の遠征はエンデルク様のお姿を拝見する数少ない機会だった。けれども王宮に勤めるようになった今では、それはしばしの別れを意味するものになってしまった・・・・。
あれだけお強いエンデルク様のこと。野党や魔物などに遅れをとることなどあるはずがありません。そうは思っていても、もし、エンデルク様が傷つくようなことがあったら、もしも・・・・いや!
こんなことを想像することも恐ろしい。まして文章にすることなんてできるはずがない。


今日は久しぶりの休み。天気がいいので街に出て、ショックな光景を目にした。
エンデルク様が二人の女性を連れて歩いていた。一人はオレンジ色の羽帽子をかぶっている、もう一人は凝った仕立ての綺麗な服に身を包んだ、どちらも愛らしい女の子。二人とも手に杖を持っていた。多分、錬金術アカデミーの生徒でしょう。王宮の騎士たちが非番の日に冒険者のように錬金術師の護衛をすることは珍しくない。でも、エンデルク様までああいうことをなさっておられるなんて・・・・。
エンデルク様もああいった愛らしい女性の方がいいのでしょうか?
やはり私はあのお方のお姿を拝見するだけでも満足するしかないのでしょうか?




 アイゼルはエリーがいつもかぶっている、彼女お気に入りの羽帽子に目をやる。
「これって、このオレンジの羽帽子の錬金術師って、エリーのことじゃないの?」
「じゃあ、もう一人はアイゼル?・・・・そうよ!たまたまエンデルク様をみかけて、護衛を頼んだら引き受けてくれたから、珍しいこともあるもんだって、この日付覚えてるもん」
「そうみたいね・・・。なんだかこれだと悪いことした気になっちゃうわね」
「うん・・・」
 二人は少しだけ気を落としながら、続きを読み始める。



今日、信じられないことが起きた。夕刻、街を歩いている私に声をかける人影。あの忘れようもない凛々しい声。エンデルク様・・・・。
エンデルク様は武具の手入れのために、歌は不味いが腕はよいと評判の武器屋を訪れていたようだ。プライベートのエンデルク様にお会いできるだけでも光栄なことなのに、エンデルク様の方からお声をかけて下さるなんて、私のことを知っていて下さっているなんて・・・・・。エンデルク様は王宮に勤めてまだ日の浅い私に労いの言葉をかけて下さった。なんとお優しい方なのでしょう。
私はあまりの嬉しさに遠くなる意識をしっかり持って、エンデルク様のお言葉を一言一句聞き漏らさないよう、脳裏に焼きつけた。
エンデルク様、私は期待してもいいのでしょうか?希望を持ってもいいのでしょうか?
今夜も眠れそうにない・・・。




「これって、結構期待してもいいんじゃない?」
「そうよね、エンデルク様がわざわざ自分から女の人に声をかけてるところなんて見たことないもの」
 一転して、二人の声が色めき立つ。
 ますます続きが気になり、ページをめくった。



私は今日ある決意をした。
エンデルク様に私の想いのたけを打ち明けよう。でも当たって砕けろといういいかげんなことではいけない。少しでも、よい結果がでるように努力しないといけない。投げやりな気持ちで告白して、失敗したら、後悔するのは目に見えている。
できることはすべてやろう。その上で失敗するのならしかたがない。もともと叶わないと思っていた夢。このまま後ろ向きに生きて、後悔するよりずっといいはずだから。




「だんだん前向きになってきたね」
「こうなってくるとなんだか応援したくなってくるわね」
「アイゼル、早く続き続き!」
「わかってるわよ、あなたが話しかけたんでしょう」
 アイゼルは急いで続きを開いた。



今日は気になる噂を耳にした。
近頃何かと街を騒がせている評判の錬金術師が強力な惚れ薬を作ることができるという噂。この噂を耳にしたとき、私は期待した。その惚れ薬さえあれば、エンデルク様を振り向かせることができる。
でも・・・、本当にそんなことでいいのでしょうか?その方法でエンデルク様が私のものになったとして、もしも薬が切れたとき、エンデルク様は私のことを、そんな薬に頼った人間をどう思うのでしょうか?例え薬の効き目が永遠のものだとしても、そんな手段を用いるべきなのでしょうか?
・・・・そんなはずがありません。
これは先日決意した後悔しないための努力とはかけ離れているのだから・・・・。




「えらい!そうよ、こんなにエンデルク様のことが好きなんだから、惚れ薬なんかにたよったらダメだよ」
「そうかしら?思いが本物だからこそ、こういう手段もありえるんじゃない?」
 この一説に関しては二人の意見は違ったようだ。
「きっかけにはなるかもしれないけど、やっぱり薬を使われる方はいい気しないよ」
「まあね。でも、この街を騒がせてる錬金術師ってあなたのことじゃないの?」
「・・・・多分ね」



あることを思いついた。
年末に行われる武闘大会に出場しよう。優勝するのはエンデルク様。それはまちがいない。なら、私さえうまく勝ち抜くことができればエンデルク様と対戦できるはず。エンデルク様に剣を向けるなんて、今まで考えたこともなかった。でも、エンデルク様と対戦して少しでも自分というものを出せれば、エンデルク様に私のことをより知ってもらうことができるはずだから。




「無茶だよ、そんなの!」
 エリーは思わず声を上げた。
「恋は盲目ね。でもあなた、人のこと言えないじゃない?」
「うっ・・・・、前々回出場して準決勝まで残りました・・・」
 結界石のおかげとはいえ、エリーは武闘大会を準決勝まで勝ち進んだことがあった。
「でもあの人は錬金術師じゃなさそうだったし、冒険者でもなさそうだった。確かに無茶な話よね」



武闘大会に出場することを決めてから、日頃の訓練にも身が入る。そう思っていた矢先、エンデルク様がわざわざ新米の私たちに剣術指南をしてもらえることになった。光栄のあまり、訓練に集中できなくなる。申し訳ない気持ちになりながらも、エンデルク様の剣の一振り、気合の一声を一つも漏らさずに脳裏に焼き付けた。
今夜は眠れそうにもない。




「日頃の訓練って、なんだかおかしくない?」
「そうよね、どうして王宮勤めの女官にエンデルク様が剣なんて教えるのかしら?」
「う〜ん?」
 いくら考えても答えはでない。とにかく二人は続きを読むことにした。



今日は武闘大会の当日だった。
残念なことに組み合わせから、エンデルク様との対戦は決勝戦まで適わなかった。それでも私は思ったよりも順調に勝ち進み、準決勝まで駒を進めた。
準決勝の相手は騎士団の若手の中では最も腕が立つと評判のダグラス様。残念ながらダグラス様の剣の前に、私はなす術なく敗北した。
目的を達することはできなかった。悔しいけれど、現実は受け止めないといけない。
大会の結果はやはりエンデルク様の優勝で終わった。やはりあのお方と私では、
釣り合いがとれないのでしょうか・・・。




「やっぱりおかしいよ!私、ダグラスの応援にいったけど、対戦相手にあんな綺麗な人、ううん、女の人なんていなかったもん」
「じゃあこの日記はなんなの?『準決勝の相手はダグラス様』って、しっかり書いてあるじゃない」
「でも、ダグラスの対戦相手って、確か同じ騎士団の人だったよ」
 二人の疑問は深まるばかりだった。



私は今まで自分に言い訳していた。告白する前に、できることがあるはずなんて、告白できないことに逃げ道を作っていただけ。やっぱり、告白しよう。今日は確かエンデルク様が武器屋に装備の手入れにいく日。夕方に店の前で待っていれば、会えるはず。告白するのなら今日しかない。今日告白できないのなら、きっと私はこのままずっとこうやって叶わない想いに胸を焦がしているだけになる。もう日が傾き始めている。行こう、今すぐに。決意の揺るがないうちに・・・。




「この日付・・・今日だよ・・・」
「今日ね・・・この日付・・・・・・」
「どうしよう?アイゼル」
「なんで私に聞くのよ!・・・武器屋ってあの喉自慢大会から除外された人のお店のことよね?」
「うん多分ね。あのお店でエンデルク様、見たことあるもん」
「どうするエリー?」
「どうしよう?」
 二人とも見に行きたいことをなんとなく言い出せず、相手の口からその言葉が出るのを待っていた。
「あの、すいません。先ほどこのお店で、忘れ物をしてしまったのですが心当たりありませんか?本なのですが・・・」
 突然の声に、二人は驚いて日記を元の場所に納めた。
 二人はわざとらしいつくり笑いを浮かべて平静を装う。
「そうですか・・・。では少しだけ探させてもらってもよろしいでしょうか?」
 声の主は店の主人の許しを得て、店内を物色し始めた。エリーとアイゼルは狼狽して、その声の主を見る事ができない。
「あの・・・、ちょっとよろしいですか?」
 声の主は一通り店の中を探し終えると、二人に話かけてきた。
「はい!なんですか?」
 二人は同時に振り向き、そして始めて声の主の姿を目にした。
 手入れの行き届いた綺麗な金色の髪。少し緑のかかった澄んだ青色の瞳。あどけなさの残る顔つきをしているが、二人よりは少し年上だろう。王城で正式に採用された聖騎士にのみ与えられる鎧を身に纏い、聖騎士の証である剣を腰に提げている‘彼‘は紛れもなく男性だった。
「その窓のところに置いてある本を・・・そう、それです。実はそれは私の忘れ物でして・・・。悪いのですが取っていただけないでしょうか?」
「はいっ!こっこれですね、どうぞ!」
 アイゼルは慌てて日記帳を聖騎士に手渡した。
「よかった、見つかって。・・・あの、中身、見ました?」
 聖騎士はバツが悪そうに尋ねる。
「そんなっ、見てないです!こんなところに置いてあるのも知らなかった!ねっ、エリー?」
「そうです!話に夢中で今、気付きました!そうよね、アイゼル?」
「うん、そうそう。」
 二人は合わせたように首を振り、頷いた。
 そんなどう見ても怪しい素振りを見せる二人だったが、聖騎士は根が素直なのか、まったく疑おうとしなかった。
「すみません、失礼なことを聞いてしまいましたね。あまり人に見せられるようなものではないものですから」
 聖騎士は軽く頭を下げる。
「そんな、謝らなくてもいいです。・・・あの、その本、何の本なんですか?」
 エリーはすでに見てしまっている本の中身を聞いた。下手な芝居だ。
「これは本というより私の日記なんです。日記って人に見られるの恥ずかしいものでしょう?」
 聖騎士は正直に答えた。
「あなたの、日記なんですか?他の人のじゃなくて」
 今度はアイゼルが尋ねた。
「そうですよ。それがなにか?」
「あっ、いえ、男の人が使うにしては可愛い日記帳だな〜なんて思ったりして」
「そうですか?自分ではそう思ったことはないのですが。・・・・そろそろ私は失礼します。少しよるところがあるもので」
「あの、これからどちらへ?」
 エリーの問いに、わずかに頬を赤くし、聖騎士は答えた。
「ちょっと、人に会いに武器屋まで。それでは、急ぎますので」
 そう挨拶を済ますと、聖騎士は店主にも礼を言い、足早に去っていった。

「日記、あの人のだって」
「うん、そう言ってたね」
 二人に長いような、短いような沈黙が訪れた。
 先に口を開いたのはアイゼルだった。
「エリー、私たちは何も見てないわよね。採集の帰りにここで話しながらお茶を飲んだ、それだけよね?」
「うんっ、ここの出窓には何もなかったもん。花瓶にお花が飾ってあっただけ」
「そうよ、このお花、綺麗だもの。私たちが日記なんか読むはずがないわ」
「このお花なんていうのかしら。日記なんて見てないから、わからないや」
 二人が店を出たのはその後すぐのことだった。
 二人はその場で別れてそれぞれの帰路に着く。
 そしてその数分後、武器屋の前で二人が顔を合わせたことは言うまでもない。
 後日、二人はフローベル教会を懺悔に訪れることになる。
『わたしたちは見てはいけないものを見てしまいました』と・・・・・。