プラスとマイナス |
「どうして、磁石ってプラスとマイナスがくっつくんだろ?」 「そりゃあ、磁石だからだろ」 カウンターの向こうには、ヴェルナーが。 こちら側には、売り物の椅子に腰をかけたリリーが。 2人が何をしていたかというと、ヴェルナーが大分と前に手に入れたオセロだった。 「プラスとプラス、マイナスとマイナスがくっついてもいいと思うのよね」 オセロの駒が2つ、ピタリとくっつく。 「違う性質だから、引き合うんだろうよ」 磁石がプラスとプラス、マイナスとマイナス、それらが引き合うのは、ヴェルナーからすれば常識。 考えるまでもなく、それが普通だと思っていたのだが、リリーからすれば違うらしい。 「人間でも、全く正反対の奴が惹かれあうのと一緒だろ」 「でも、ドルニエ先生もイングリドもヘルミーナも錬金術師だけど、すっごく仲いいわよ?」 オセロのプラス同士を無理矢理くっつけようとするが、少し力を緩めればすぐに離れてしまう。 「お前は特殊だからな」 「・・・ちょっと引っかかる言葉だけど・・・」 ポンっとヴェルナーの手が、リリーの頭の上に置かれる。 「俺は嫌だぜ。惰性で仕事して、面白みのない知り合いなんてな。そんな奴、俺だけで十分だぜ」 「あ〜それは言えるわね」 「それこそ、引っかかる言葉だな」 プラスはマイナスに惹かれ。 マイナスはプラスに惹かれる。 それは多分、自分たちのような事を言うのだろうとヴェルナーは思う。 自分の事を卑下するのは嫌いだが、リリーと自身は正反対だと思っているから。 「でも、だから、私はヴェルナーに惹かれるのね」 「なっ・・・」 自身が思っていた事を、いとも簡単に口にしたリリーに、ヴェルナーは思わず絶句する。 「私の知らないものをヴェルナーは知っているもの。・・・アタノールだって、錬金術の道具なのに、私より先にヴェルナーが知ってたものね」 「あれは仕事柄だろ」 そんなヴェルナーにニコリとリリーは笑う。 「それよ。私が知らないものをヴェルナーは知ってる。ヴェルナーが知らないものを私が知ってる。だから・・・私はヴェルナーに惹かれるの」 全くお手上げだ、そうヴェルナーは思う。 出会った時は、何の取り得もない、普通の女に見えた。 それが、いつの間にか、気になる存在になり。 数日姿を見ないだけで、不機嫌になる自分がいた。 「それは、俺が不真面目でぐうたらで、って言いたいわけか?」 「もう!どうして、そういう風に取るのよっ!!」 自信を持って望んだ特選会ですら、リリーに負けるなら仕方ないと思える自分がいた。 「お前がプラス、俺がマイナス。そういう意味にしか取れねぇだろうが」 「ヴェルナーって、本当に意地悪よね」 何かに一生懸命になる人間は、見ていて晴れ晴れする。 何かに一途になれる人間は、尊敬できる。 口にした事はないが、それがヴェルナーの考え。 「・・・本当にお前は見ていて飽きないな」 「・・・やっぱり意地悪だ」 いつもなら、ここから階下のヨーゼフに聞こえるほどの、大声の言い合いが始まっただろう。 けれど、今日はいつもと違ったから。 「・・・ヴェルナーの満面の笑みなんて、初めて見たかも・・・」 笑っていたから。 とても、幸せそうに、ヴェルナーが笑っていたから。 だから、リリーも笑う。 「男の笑顔なんて、気持ち悪いだけだろうが」 「でも、笑ってる方が好きよ」 「・・・そうか」 好き、と言われて、ヴェルナーが悪い気がするわけない。 けれど、ヴェルナーにとって、笑顔のリリーだけが好きというわけではない。 笑っている顔も。 怒っている顔も。 何かに一生懸命になっている顔も。 全部ひっくるめて、リリーなのだから。 プラスがリリーなら、俺はマイナスでいい。 そうヴェルナーは思う。 リリーがリリーであるから、ヴェルナーは惹かれるのだから。 そう、磁石のようにずっと。 |
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