protean〜labyrinth〜



『私はあきらめが悪いんですよ』
 そうクライスに言われたのは、つい一昨日の事。
「あきらめって?」
 その日、飛翔亭では、ちょっとしたパーティーがあった。あたしがヴィラント山の火竜を倒した祝いだと、ディオとフレアが夕食(プラス酒飲み放題!)を奢ってくれたのだ。
「色々ですよ。成績にしても、研究にしても、・・・・恋愛にしても、です」
 酒豪らしいあたしはともかく、招かれたクライスは、周りの勧めに断りきれず、可愛らしい酔っ払いになってしまったのである。
「成績も研究も、アカデミーでトップじゃないの!」
 寮の門限は12時。とっくにその時間が過ぎている事もあり、クライスに酒を勧めた張本人であるあたしは、宿くらい、貸そうと提言したわけだ。
 そんな話を始めたのは、あたしの工房に着き、暖かいミスティカティを一口、口にした後。
「でも、恋愛って、あんた好きな女の子でもいるわけ?」
 あたしは意外だなぁ〜と、気楽に思いながら、そう聞いたのだ。
「・・・いますよ。もう随分と長い間ね」
「ウソぉ〜!誰?誰?あたしも知ってる?」
「あなたも恋愛に興味がありましたっけ?」
 たとえ、自分の恋愛には興味なくたって、あたしだって年頃の女なのだ。他人の恋愛にくらい興味はある。
「あるわよ!で、誰なの?」
 そうあたしが興味津々といった感じで聞くと、クスクスと笑いだす。
「じゃあ、あなたは好きな人、いますか?」
 その問いに、私は大きく首を横に振る。恋愛とかよりも、調合とか冒険の方があたしは好き。だって、調合だったら本を見れば簡単・・・、簡単そうだもん。でも、恋愛はイマイチ分かんない。
「私の好きな人は、調合や冒険にばっかりに興味があって、恋愛はいらないっていう感じですかね」
「それなら、あんたに丁度いいじゃない。あんたはとりあえずはアカデミートップだし。採取行くんだって、昔はてんで弱かったけど、今なら十分に護衛代わりにもなるし」
 そう言いながら、クライスを見ると、なんだか複雑そうな顔になっていた。
「どうしたのよ?」
「いえ、・・・随分と高く評価していただいてると思いましてね」
 そんまクライスの笑みは、照れたというよりも自虐的な笑みだった。
「そぉ?仕方ないじゃない。ムカツク事にホントの事なんだから」
 あたしは頬にかかる髪を指先で遊びながら、そう言った。
「・・・あなたはどんどん、先に進んでしまいますね。火竜の舌も手に入れたのですから、賢者の石の制作も始めるでしょう。だから私は・・・好きなんですよ」
 好き。
 そっか、私は嫌われてないんだ、良かった。
 その時は、ただ単にそう思ったんだけど、あたしは、その前の会話を思い出した。クライスは好きな人がいる、確かそんな会話だったハズ。
「私はあなたが、ずっと・・・・好きなんですよ。私は・・・あきらめが悪いんですよ」















「・・・顔、合わせられないよ〜」
 あたしは、1人で工房にいた。
 採取に出かけようかとも思ったのだが、ヴィラント山から戻ってきたばかり。いくら、たいていの敵を1撃で倒せる自信もあったとしても、そこそこ疲れていた。それに、誰かに護衛を頼む気もなかったし。
 だから、今日1日はドアのノックの音も無視して、調合に精を出していた。
「そういえば、近場に採取する時は、いっつもクライスと一緒だったしなぁ〜」
 好きなんですよ。
 そんなクライスの言葉を思い出して、あたしはその言葉をかき消すように、頭を大きく振った。
「ま、あいつも酔ってたし〜。うん。覚えてないだろーし」
 あたしは1人で結論を出す。
「嫌いじゃないし・・・。昔は大嫌いだったけど、思ったよりもイイ奴だし」
 むしろ、今となっては良きライバル、良き友人で。どっちかというと、好きなくらいで・・・。
「だぁ〜っ!何考えてるのよ、あたしはっ!」
 ぶつぶつ、ぶつぶつ。
 思っている事を言葉にしてしまうと、少しは気持ちが落ち着く。
「・・・クライスが悪いのよ。い、いきなり好きだなんて言うからっ!」
 1番今、気になる事を口にしてしまうと、急に体温が上がったような気がした。
「私は何も悪くないもん・・・多分」
「1人で何やってるんですか、あなたは」
 その声にあたしは口から心臓が飛び出しそうになった。
「あ、あんた、いつからそこに居たのよっ!」
「一応、ここの部屋へ入る時にもノックしたのですが?声は聞えるから、いらっしゃるのは分かりましたけど」
 聞かれた!?
「何の用よっ!」
 顔を赤くなっているのは自分でもよく分かる。だから、下を向いたまま、あたしはクライスに向かってそう言った。
「・・・あなたが、ああいった事は酔ってない、素面の時にじゃないと聞かない、なんて言うから、わざわざ来たんじゃないですか。昨日は、あいにく二日酔いで起き上がれませんでしたしね」
 そう言うと、あたしの座っているベッドの横に、腰を下ろした。
「私はあなたが好きなんですよ」
 クライスは両手で、あたしの頬を包むようにして顔を上へと向かせる。
「返事を、・・・いただけますか?」
 今まで見たこともない、ただ真摯な瞳。
「・・・嫌いじゃないわ」
 顔をそらそうにも、あたしの頬を包むクライスの手のせいで、逃げる事もできない。
「じゃあ、好きですか?」
 その時、その瞳に捕らわれた。
 違う。
 もう、ずっと前からだ。
 ずっと、前から・・・。
 もう、逃げられない。
「・・・・・・・・・・・・・・好き、よ」
 そう呟いて、あたしは気付いた。
 逃げられないんじゃない。
 逃げたくなかっただけ。
 「良かった・・・」
 次に眼に入ったのはクライスの笑み。照れたのでもなく、いつもの皮肉な笑みでもなく、ただ、年相応な、純粋な笑み。
 その言葉と笑みを見て、やっとあたしは気付いた。
 迷路のように入り組んだ場所を、ずっと逃げ回ってたくせに、本当に捕まえて欲しかったのだ、と。
 でも、捕まるのを待つだけなんて、あたしらしくない。
 そんな考えを抱いた、あたしも満面の笑みになった。
「・・・・大好きよ。クライスは?」
「私も・・・愛してます」
 迷路のように入り組んだ場所で捕まったのは、あたしか、それともクライスか。
 それは、きっとこれから分かる事なのだから。
 そっとあたしは、不器用な初恋の相手を抱きしめた。