100分の1の可能性 |
最初は、ただの町娘だと思っていた。 普通の女のように、何ができるわけではなく、男に付属して生きる、ただの女だと思っていた。 しかし、彼女は、その昔の思い込みが恥ずかしいと私に思わせるほど、鮮やかにその能力を開花させていった。 錬金術という、この大陸では珍しいその力。 街の人間の、彼女への評価をみるみると上がっていく。 たとえ、自分を落としいれようとする輩が出てきても、彼女はそれを自分の力だけで乗り越えて行く。 偽の錬金術師が現われた時ですらそうだ。 私に一言、話してくれれば良かったのだ。 王立騎士団副隊長という身分は、それなりの王侯貴族とも接する機会も多い。 そこで私が、錬金術師は女なのだ、そう言えれば、あの男は簡単に捕まっただろう。 なのに、彼女はひとりでそれを乗り越えた。 誰の力も借りず。 ただ、自分ひとりで。 それほど私は彼女にとって、頼りない男に見えるのだろうか。 そう悩んだ時期もあった。 けれど。 『ウルリッヒ様はお強いですよ!だから危ない場所も平気で採取に行けるんですから』 ニッコリと笑った彼女を見て、私は嬉しくなった。 たとえ、それが社交辞令であっても、彼女の一言は私にとって命よりも重いもの。 だからだろう。彼女が幸せになれるのなら、自分の命ですら捨ててやろうと思ったのは。 エルフの撃った矢が彼女を貫こうとした時、勝手に体が動いた。 エルフが持つ毒を受ければ、ほぼ助からない事も知っていた。 けれど、それでも私は彼女を守りたいと思ったのだ。 『ウルリッヒ様!!』 記憶が途切れる寸前、悲鳴のような彼女の声が私へと届く。 悲しんでくれるのかい? 嘆いてくれるのかい? それを私は、嬉しいとすら思ってしまった。 けれど、彼女には泣いてほしくない。 いつでも、名前のように美しい花のように笑っていてほしかった。 『ウルリッヒ様!!』 目を開けると、今にも泣き出しそうな彼女の姿が目に飛び込んできた。 『良かった・・・』 円らな瞳から、大粒の涙が伝い落ち、私の頬へと落ちる。 生きていることが不思議だった。 彼女が作り出した薬は、エルフの毒すら打ち消すもの。 何にも負けない強さ。 何にも屈しない精神力。 果て無き探究心。 留まる事を知らない向上心。 私は、その全てに惹かれたのだ。 私は道を歩く。 賑やかな酒場の脇を抜け、噴水がある広場を抜け、彼女の家へと向かう。 コツコツと石畳が音を立てる。 もうすぐ、王立の錬金術アカデミーが街に出来る。 そうすればきっと、彼女は新たな大地へと旅立ってしまうだろう。 だから、言わなくてはならない。 それが彼女の意思に反する事だとしても。 私は握り締める。 右手に握られた白い小さな箱を。 中には小さな青い石が眠っている。 これと共に、彼女に伝えたい言葉が私にはあるから。 扉をノックして、私は彼女の工房へと足を踏み入れた。 「・・・リリー」 たとえ、それが100分の1しか可能性のない言葉であったとしても。 私は君と、この街で共に過ごしたいのだから。 |
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