ひとつだけ |
死なんて、どこにでも転がっていて。 たとえ、すぐ側まで来ても、私は何一つ驚かなかっただろう。 死は逃げられないもの。 甘んじて受け入れようと思っていた。 つい、最近までは。 仕事は、生きるために手段。 生きることは、ノーマンおじさんへの恩返し。 だから、昔みたいにゲヘルンに殺されそうになっても、たったひとりの兄に会えると思うだけだろう、そう私は考えていた。 でも。 君が現われたから、私は変わった。 「クレインくん。今日はどうしたの?」 私は笑う。 笑顔なんて、とっくの昔に失ってしまったと思っていたのに。 「クレインくんだけじゃなくって、私も居るんだけど?」 リイタの言葉にも私は笑える。 ライバルだと分かってる。 けれど、彼女の明るさは私の失くした、大切なもの。 「そう」 「そう、じゃないでしょ〜〜!!」 こうして、同世代の女の子と言い争えるなんて、ちょっと前まで思ってもいなかった。 きっと。 クレインくんのおかげ。 「・・・調合してもらおうかな・・・って」 「うん。今日はどれを調合する?」 魔法屋をやっていて、本当に良かった。 だって、クレインくんが来てくれるんだもの。 リイタほど、クレインくんの側にはいられないけれど、リイタにはできない事を私はできる。 街の外ではクレインくんは、リイタのもの。 だから、街に居る時だけでも、私の側に居てよ。 「・・・薬系が少なくなってきてるから・・・」 「薬だね」 「無視ってわけね」 リイタにも感謝しているのよ。 ノーマンおじさんが言ってた。 旅の途中のクレインくんを、ガルガゼットに誘ったのはリイタだって。 だから私は、クレインに会えた。 そして、彼の役に立てた。 「はい。出来上がり。薬のつもりだったんだけど、栄養剤になっちゃった」 「ありがとう」 クレインくんの役に立てるのが、私は嬉しい。 クレインくんが私を必要としてくれるのが、とても幸せ。 「・・・ねぇ、クレインくん」 「え?何?」 お願いがあるの、と私は呟く。 「ひとつだけ、お願いがあるの。聞いてくれる?」 「あぁ、いいよ」 「本を持ってきてくれとか、ステンド草が欲しいとか、お願いなんてひとつじゃないじゃない」 リイタがそう口を挟んでくるが、私は構わず言葉を続ける。 「・・・このお店があるかぎり、ずっと来てくれる?」 「もちろん。ビオラにはこれからもお世話になると思うよ」 ひとつだけ。 これさえ叶えば、他は何もいらない。 クレインくんが居るなら、他には何もいらない。 「約束ね」 すっと、立てた小指を差し出すと、ニコリと笑ったクレインくんの小指が絡む。 「約束だね」 「・・・もう用済んだでしょ!!早く行くわよっ!!」 怒ったリイタがクレインくんを引きずるようにして、店を出て行く。 「また来てね、クレインくん」 君との、一番大切な約束。 ひとつだけ。 ひとつだけ。 そう言う私のお願いを、君はいつも聞いてくれる。 「大好きよ、クレインくん」 それは私の。 きっと、最初で最後の、ひとつだけの恋心。 |
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